②象牙取引一律禁止の問題

8月にスイス・ジュネーブで行われた第18回ワシントン条約締約国会議で、密猟や違法取引との関わりを問わず全ての国内象牙市場の閉鎖を勧告する決議案の成り行きが注目された。

審議の結果、国内で象牙が売買されている国は違法行為を助長しないための取り組みを報告し、次回の締結国会議(2022年)に対し、その内容次第で同条約の常任委員会による勧告が行われることになった。

この決議案の是非をめぐって起きた意見の対立は、アフリカゾウを絶滅の危機から救おうとする人々と、象牙取引がもたらす経済的利益にこだわる人々との間に生じたのではない。

そこには、野生動物の保全性の実効性に関する考え方の違いがある。

 日本で象牙の売買を禁止することが、ゾウの保全にもたらす効果を考えてみよう。近年、アフリカでみられる大規模な密猟に由来する象牙が日本へ違法に大量に持ち込まれ。合法化された日本の市場に出回っているなら、市場を閉鎖することで密猟の抑制が期待できる。しかし、密猟された象牙が大量に国内に持ち込まれている証拠が示されたことはない。

 一方、日本から象牙が違法に持ち出される事例が中国などで摘発されている。これは、日本に象牙を持ち込むよりも持ち出すことに経済的メリットがあり、過去に合法的に輸入されたものが、より需要がの大きい海外に違法に流出しているためと考えるのが自然である。密猟による象牙が大量に持ち込まれていないのであれば、日本が国内取引を禁止しても密猟は減らないだろう。事実に基づかない対策が効果を上げることは期待できない。

 そして、野生動物の利用が保全に悪影響を及ぼすとは限らない。例えば、十分に管理された合法取引が認められたワニ類やビクーニャ(南米産ラクダ類の一種)は個体数の増加と生息地の拡大がみられる。

他方、トラやサイ類は、合法的な取引を40年以上もきんししているのに密猟や違法取引はなくならず、絶滅の危機に追い込まれている。

 アフリカでも、住民が野生動物を資源として利用することを認められている国では動物が増え、利用を一律に禁止する国では密猟などによって減る事が多い、

 資源として利用を禁止する国々では、動物と共存することの利益よりも負担のほうが大きくなるため、保全に対する住民の理解や協力を得にくくなる。特に、深刻な農作物被害、人的被害を引き起こすゾウの場合には密猟が起きやすい。

 象は、自然死したり被害防止の為に駆除されたりしたゾウから得られるため、象牙の為にゾウを捕獲する必要はない。日本は象牙市場を維持することで、象牙取引がもたらす経済的利益をゾウの保全や住民の生活向上に活用したいと望むアフリカ諸国に協力できる。

国内取引を禁止するということはそうした機会を失うことである。

違法行為を排除する努力を怠らず、象牙の経済的活用を希求する国を、今後も支援できるようにすべきである。

2019年 読売新聞 12月 論点より 石井信夫氏 東京女子大学教養学部教授(哺乳類保全生態学)ワシントン条約委員会アジア地域代表などを務めた(67才)